酒飲みが使う言葉として聞いたことがある。
「壷中の天/こちゅうのてん」、壷の中に天がある、という。
酔って、世間のアレヤコレヤを忘れる瞬間、それを肯定する意味に使っているようだった。
元はといえば中国の故事。
物売りの老人が、仕事が終わって後に、軒先に吊るした壷に飛び込む。
もちろん、小さな壷に入れるわけはないのだけれど、お伽話だから。
あるときそれを見掛けた役人が、老人に頼み込んで、一緒に壷の中に飛び込ませて貰う。
あら不思議、壷の中には俗から離れた豪華な世界があり、酒と料理がこれでもかと供された。
おおいに楽しんだ後、ふたりは壷の中から出て、この世に舞い戻った。
老人は役人に言った。 このことは決して口外してはならないと。
異界に行って来たことになる。 この世からかけ離れた小さな宇宙。
この「本と珈琲の店」も、世間から隔絶された林の中に立地していた。
しかも、弧を描いて、異形。
ここでは香り高い珈琲を楽しみながら本に目を通したり、ゆっくりと過ごせる。
暫しの時間、世間を忘れて過ごす場所ということだろう。
店主は、その想いで「壷中天/こちゅうてん」と名付けたに違いない。
四回連続の特集です。