きょうの気温は28度くらいだったが、一旦、涼しさを経験すると暑く感じてしまう。
人間はこの先の気候は理解しているし、あしたの天気もなんとなく分かる。
昔、近所に住んでいた友人が、猫を飼っていた我が家に、悪戯心も含めプレゼントして
くれた本があった。 もうずいぶん前のことだ。 確か、70年代。
長田弘(おさだひろし)という詩人の著作で、タイトルがとても冴えている。
皮肉でもあり、なんとなく愛情も感じさせる、シャレたもの。
それは「ねこに未来はない」というものだった。
もちろん、近い将来に猫が絶滅するだとか、そういう話ではない。
猫の「脳」の話だったか、とにかく、猫には未来を考える能力がない、という話。
未来という概念がなければ、どうなるだろう。
先のことを心配しない、心配しようもない、ということか。
喉もと過ぎれば熱さを忘れると言うが、熱さを忘れる前に次々に熱いものが口に
放り込まれることもある。 21世紀はそれを耐えなくてはならない。
かなり深いところから、社会が変化せざるを得ないだろう。
口に放り込まれるものが、煮え湯か、まさか溶かした鉛じゃないと信じたいが、
さて、その未来に何が用意されているのやら。
秋の夜、熱燗の日本酒なら嬉しいな。
秋とはいえ、アミも暑さを感じる日はある。車の下に隠れるのはやめてもらいたいが。
Musik クルト・ヴァイルの名曲を奥さんのロッテ・レーニャが歌う
September Song