あなたが映画のプロデューサだとする。 定年間近の大学教授が主人公。 父娘の関係が再生してゆく話。 設定を細かくしてゆかなくてはならない。 場所や時代、文字で書かれたものを視覚的に作り上げる準備だ。 1985年の設定、彼の上着はツイードのジャケット、靴はバックスキン、車はボルボ245、などと決めてゆく。
ある時代の日本のドラマで、女性主人公の衣装に「フリース」が選ばれたという。 社会的な記号としては、お金持ではない、という設定を表現しているのだそうだ。
へぇ~、そうなのか、と思う。 80年代半ば、パタゴニアの「シンチラ」は高価に感じた。 これが現在のフリースの原型といえるだろう。
90年代に入り、回収したペットボトルからフリースを造り出したことは有名だけれど、その先進性は、山口県の小さな衣料品店が、後に大量に売り出すことで一気にポピュラリティーを獲得した。 そして庶民の服となっていった。 お金持は着ないんだそうだ。
このポリエステルの起毛繊維、一部のリサイクルで作った製品は、かなり高価だろう。 価格のせいで庶民は再生品を購入しにくいところが残念だ。
フリースという名前は夜空を彩る「アルゴ船」の物語まで遡る、神話の世界に誘う由緒正しいもの。 壮大でロマンティックな名前。
とても軽くて暖かいし、洗濯も乾燥も楽チン、重宝している。 この性能を、この値段で手に入れる方法は、ほかに考えられない。 選択の余地がないのだ。
ただ静電気はちょっと困り者。 着替えるときにパチパチと音を立てる。 その音にビクつきながら思った。 これって冬の音なんだ、貧乏人の冬の音なんだって。