夕暮れた後、玄関のチャイムが鳴った。 見慣れた顔だったが、いつもの用事を済ませた後に、その人は言葉を続けた。 転居することが決まったのこと、それは、別れの挨拶だった。 白髪の混じるわたしに向かって、たぶん22歳くらいのその人は、「4年間お世話になりました」と言った。
この相手が女性なら、話は危うげに面白い方向へ進むだろう。 期待した方には申し訳ないが、その人は男性である。 彼は、我が家については知っている。 わたしの名前も電話番号も知っている。 しかし、わたしは彼の名を知らない。
4年が過ぎて、初めて、少しだけ話をした。
今春、彼は大学を卒業するという、就職も決まったそうだ。 それ故、転居することになったのだ。
彼はこの4年間、ほぼ毎日、我が家に新聞を配達してくれた。 販売店の寮に住み込んで、新聞を配達し、学校にも通っていたわけだ。 そして無事に卒業する。
アミは極端な人嫌いだが、彼のことは恐れていなかった。 そのことを理解できる、そんな人柄を漂わせる人だ。 もの静かで礼儀正しい。
いつも玄関ドアまでしか来ていない彼に、待ち伏せして、名刺を渡した。 感謝と敬意である。
「サヨナラから」お付き合いが始まるかもしれない。
こんなに素直な応援歌を贈れるような時代でないことはよく分かる。 彼も不安でいっぱいだろう。
でも、若い人にはこんな曲を聞いてもらいたいと思う。 「門出」なのだから。